完成した補綴物を支台歯に試適してみたら、支台歯のマージンと補綴物が合っていなかった……なんて経験をしたことはありませんか?
補綴物と支台歯がきちんと適合することは、齲蝕予防や歯周病予防の観点からとても大切です。
補綴物と支台歯が適合しない理由はいろいろありますが、模型に問題がある場合もあります。支台歯のマージンが模型上にきちんと再現されていないというケースですね。
そんなときは、歯肉圧排をするのがおすすめですが、歯肉圧排は手間がかかるからと並んでいる歯科医師もいるのではないでしょうか。
そこで今回は、効率的な歯肉圧排についてご紹介します。
歯肉圧排とは?
歯肉圧排とは、支台歯の周囲を覆っている歯肉を排除する処置のことです。
歯肉圧排糸などを使って物理的に排除する方法、電気メスやレーザーで外科的に排除する方法などがあります。
歯肉圧排の目的
歯肉圧排の目的としては、主に以下の3つです。
- 印象採得時に支台歯のマージンをはっきりとさせる
- 補綴物の試適の際に、適合具合がはっきりとわかるようにする
- 歯肉縁より下に入り込んだ補綴物の合着セメントを取り除きやすくする
つまり、歯肉圧排の目的は、支台歯と補綴物の適合性を高めるためと言えますね。
歯肉圧排の方法
歯肉圧排の方法として以前からよく行われているのが、歯肉圧排糸を使う方法です。
その他、電気メスを使ったり、最近ではレーザーを使ったりする方法も開発されています。
圧排糸とはどんな時に使う?歯肉圧排の種類
歯肉圧排の方法として、歯肉圧排糸を使い物理的に歯肉を排除する方法が一般に最もよく普及しています。
安全性も高く、もちろんコストも安いのがメリットです。歯肉圧排の方法はその他にもいろいろあります。
圧排糸はどんな時に使用する?
歯肉圧排糸とは、歯肉溝に挿入し歯肉縁を広げるために使う専用の糸で、綿や絹糸で作られています。
歯肉圧排方法はいろいろありますが、圧排糸を使う方法が最も低コストな方法です。主に印象採得でよく使われます。
印象採得時に歯肉圧排糸を支台歯の周囲に巻きつけ、歯肉圧排を行うことで、支台歯のマージンをはっきりとさせられるのです。
その効果で作業模型上でマージンを明確に再現できます。
支台歯に巻きつけるだけなので、非常にシンプルな方法で効果も高いのですが、操作性に欠け、慣れるまでに時間がかかるのがデメリットです。
圧排糸以外の物理的な方法
圧排糸以外の物理的な方法をご紹介します。
圧排ペースト
圧排ペーストとは、歯肉圧排糸の使いにくかったところを、改良するために開発されたものです。
トラクソデントやESPEなどいろいろな製品があり、糸の代わりに歯肉溝にゲル状の薬剤を注入して使います。
歯肉圧排糸を使うには、長さを合わせる、歯肉溝に押し込みすぎないなどの操作性に問題がありました。
歯肉圧排ペーストなら歯肉溝に注入して数分間圧接、その後水洗するだけなので、非常に操作性が良くなっています。
歯肉圧排液
歯肉圧排液とは、歯肉圧排糸と併用する薬です。
止血効果や浸出液を抑える効果のある成分が含まれています。
歯肉圧排糸と組み合わせることで、血液や浸出液による印象精度の低下を防ぎ、確実な歯肉圧排の実現が可能です。
外科的な方法もある
外科的な方法もご紹介します。
電気メス
電気メスで支台歯のマージンを覆っている歯肉を切除する方法です。
例えば、歯牙破折などにより歯肉縁下に深いマージンを設定した場合など、歯肉圧排糸では圧排しきれないような場合にも使えます。
電気メスを置いている歯科医院は比較的多く、電気メスなら止血も簡単です。
局所麻酔が欠かせませんし、ペースメーカーを入れている患者さんには使えない点はデメリットだと言えます。
レーザー
炭酸ガスレーザーやEr:YAGレーザーで支台歯のマージンを覆っている歯肉を切除します。
歯肉に局所麻酔の注射をしなくても外科的に歯肉圧排が可能です。
出血や痛みがほとんどでないのがメリットですが、レーザー治療器の導入コストの高さがデメリットとなります。
歯肉圧排に使用する器具とは?
歯肉圧排糸による歯肉圧排は手技の点から難しいものです。
そこで少しでも効率良く歯肉圧排を進めるための専用の器具が開発されています。
パッカー(歯科用圧入充填器)
歯肉溝に歯肉圧排糸を挿入する時に、歯肉圧排糸が浮かび上がらないように押さえるために使います。
ジンジバルリトラクター
歯肉溝に挿入し、歯肉縁を圧排して歯肉溝を広げるもので、前歯用・小臼歯用・大臼歯用に分かれています。
ヘモデント液
歯肉圧排糸に浸して、歯肉溝からの出血や浸出液を抑えます。歯肉を刺激したり、合着に悪影響を与えたりしません。
歯肉圧排を行うメリット・デメリット
歯肉圧排を行うとどのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか。
歯肉圧排を行うメリット
模型上でのマージンの再現
歯肉圧排を行えば、支台模型上で支台歯のマージンがはっきりと再現できます。マージンが明確になると、補綴物のマージンを合わせやすくなるのです。
補綴物と支台歯のマージンがあっていなければ、二次カリエスや歯周病のリスクが高くなるので、マージンを合わせやすくなる歯肉圧排には大きなメリットがあります。
クラウンの適合チェックが容易
支台歯のマージンを歯肉縁下0.5[mm]に設けている場合、補綴物のマージンが適合しているかどうかわかりにくいものです。
歯肉圧排を行えば、マージンの適合が明瞭にわかるメリットもあります。
余剰セメントの除去が簡単
スーパーボンドなど接着力の強いセメントで補綴物をつけた場合、余剰セメントの除去はなかなか大変です。
特に歯肉縁下のセメントは肉眼でもなかな見えませんからなおさら難しいでしょう。
そんな時に歯肉圧排を行えば、歯肉縁下の余剰セメントも見つけやすく、除去も簡単になります。
歯肉圧排を行うデメリット
難易度が高い
歯肉圧排糸を適切な長さにカットしたり、歯肉溝を傷めないように挿入するのは意外と難しいものです。
歯肉溝に入れたつもりが浮き上がってきたり、上手に入れたつもりでも長さが合っていなくてやり直しになったりすることも珍しくありません。
糸を切って挿入するというと簡単そうですが、難易度が高い処置です。
時間がかかる
歯肉圧排糸の操作性が難しいということは、慣れるまで時間がかかるということです。
現在の日本の歯科治療は、短時間で大勢の患者さんを診療しなければなりませんので、時間がかかるのはデメリットになります。
診療報酬がない
歯肉圧排という処置は、保険診療で診療報酬が設けられていません。歯科医院の経営という観点で捉えるとコストをかけにくいのです。
歯肉が下がることもある
歯肉溝に強く入れすぎると、歯肉が障害される可能性があります。
歯肉が障害されると、歯肉退縮が生じ、補綴物のマージンが露出するようになるリスクがあるのです。
歯肉圧排の主な3つの方法を解説
現在主流となっている歯肉圧排の方法は、歯肉圧排糸を1本使う方法と2本使う方法、そして歯肉圧排ペーストを使う方法の3種類あります。
それぞれの手順などを解説していきましょう。
シングルコードテクニック
シングルコードテクニックは、歯肉圧排糸を1本だけ使う方法です。
歯肉溝が浅い時に行われます。手順は以下の通りです。
- 歯肉圧排糸を適度な長さに切る
- 歯肉圧排糸を歯肉溝に挿入する
- 数分そのままの状態を保つ
- 歯肉圧排糸を取り除き、支台歯の印象採得を行う
ダブルコードテクニック
ダブルコードテクニックは、歯肉圧排糸を2本使って行う歯肉圧排法です。
歯肉溝が深い時には、1本だけでは十分圧排できないので、この方法が用いられます。
手順は以下の通りです。
- 1本目の歯肉圧排糸をぴったりな長さに切り、歯肉溝に入れる(この圧排糸は印象採得時にも残したままにするので、文字通りぴったりな長さにすることが大切です。)
- 2本目の圧排糸は1本目よりも少し長めに切る
- 2本目の圧排糸は、1本目とは反対回りで挿入し、数分待つ
- 2本目の圧排糸を取り除くと同時に支台歯を印象採得する
歯肉圧排ペースト
歯肉圧排糸で歯肉圧排を行うのは、圧排糸を挿入することの難易度の高さが課題でした。そこで、圧排糸を使わない方法として歯肉圧排ペーストが開発されたのです。
歯肉圧排ペーストは、歯肉溝に注入して除去するだけなので、高い操作性を持っています。
トラクソデント®︎での手順をご紹介しましょう。
- トラクソデントをシリンジにセットします。
- 歯肉溝から歯肉圧排ペーストがはみ出すまで注入します。
- リトラクションキャップを当て、1〜2分ほど押さえ続けます。
- 歯肉圧排ペーストを洗い流して、印象採得します。
まとめ:圧排糸以外の器具でも効率的な歯肉圧排は可能
歯肉圧排は、適合の良い補綴物作成には欠かせない処置です。
圧排糸を使う方法が難しいなら、圧排ペーストを使う方法もあります。
歯肉圧排を日常臨床に取り入れ、ぜひ精度の高い補綴物作成に生かしてください。
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